スティーブジョブズ論を右斜め下あたりからの視点で

先日は下記の如きはてブ投稿をしたところ、たくさんのスターを戴いた。

http://b.hatena.ne.jp/dfk3/20111012#bookmark-62703822
「日本企業がアップルに勝てない理由」という記事は山ほどあるが「日本企業がアップルに勝つための戦略」の如き記事は出会ったことがない不思議。ついでにいうとアップルの失敗例の分析も見てみたいところ。

スターボタンをぽちっと押して下さった皆さん、有難う御座います。というわけで、調子に乗ってスティーブ・ジョブズに関連する記事を書いてみようと思う。

まずは以前に何某のSocialNetWorkingSiteにて書いた書評を引用しよう。

スティーブ・ジョブズ 「超」仕事力

スティーブ・ジョブズ 「超」仕事力

「スティージョブズは天才だ」とよく言われる。
しかし世間的にこういった雰囲気が醸成される時に良くあることであるが、ジョブズ氏の人格や思考、価値観などを真に理解した上で天才と呼んでいる人間はほんの一握に過ぎないのではないだろうか。
大多数の人間はただ単に世間の空気に同調するのみで「スティージョブズは天才だ」と口にしているように感じられてならない。
後者の人々は自らの意見が異端となることも無く、臆して安全地帯に逃げ込んでいるだけである。
はてさて、ジョブズ氏が称えられる理由として、臆して安全地帯に逃げ込む姿が見受けられただろうか。
否、それは無い。
従って後者の人々は「スティージョブズは天才だ」と声を大にすればするほどにジョブズ氏から遠ざかっていくのである。

翻って本書に関して言うと、まるで後者のような気概に満ち満ちているのである。
本書はただ単にジョブズ氏を手放しで賞賛するのみであり、ジョブズ氏の様々な意思決定が表面的には分かるものの、どのような状況判断と思考過程に基づいて決定がなされたのかについて深く立ち入って考察するものではない。

ジョブズ氏は偉大な功績を残した偉大な経営者であるに違いない。
しかし、単に偉大ではなく天才と呼ばれる所以を私は知らない。
そこで本書に問うてみたところ「すごいからすごいんだよ」という程度の答えを得た。
それが率直な感想と言える。

我ながら酷く世間に反抗しているものだと関心するところであるが、スティージョブズ氏をよく知らない人という立場から率直な感想を述べていると思う。状況判断と思考過程に基づいての件にもあるが、スティージョブズが独断でiPhoneやらiPadやらを作ったなどの話はさして重要ではないのである。寧ろ重要な点は、ジョブズ氏の思考回路に世相という環境的要因が作用した結果としてiPhoneやらiPadやらが出来たということだろう。要するにジョブズ氏が結果成し遂げた結果だけを見ても学ぶところは少ないのである。例えば、もし仮に100年前にジョブズ氏が生まれていたら何を作っただろうかなどと考えると、まさにその思考回路を仔細に分析せねば答えは得られない。しかし答えにたどりついたならば極めて示唆に富んだものになるはずである。
さて、話を最初に戻して「日本企業がアップルに勝てない理由」という記事は山ほどあるで受ける印象としては、今現実としてアップルという企業と日本企業との間の力の差を結果としてみているだけであり、力の差を生み出した状況判断と思考過程に深く立ち入って考察するものではない。


さてここで更に書籍を紹介しよう。

第一巻

ビジョナリー・カンパニー ― 時代を超える生存の原則

ビジョナリー・カンパニー ― 時代を超える生存の原則

第二巻

ビジョナリー・カンパニー 2 - 飛躍の法則

ビジョナリー・カンパニー 2 - 飛躍の法則

上記二冊はビジネス関連書籍として有名な部類に入るのでご存知の方は多いと思う。第一巻では永続する企業(ビジョナリーカンパニー)の条件について述べており、第二巻では永続する企業(ビジョナリーカンパニー)になるための方法について述べている。
以前に読んだが詳しい内容は忘れた(笑)。それでも印象に残っているのは考証のレベルの高さである。簡単に言うと、考証を進めるにあたり、予め想定した結論に向かうなどという陳腐な論理は皆無なのである。ある業界第一位の企業と二番手の企業とを比較し、どのような違いが一番と二番の差を作り出したのかを考察している。それは一番の企業を分析するだけでは何が要因で一番になったかを知ることは出来ないからである。例えば、一番の企業だけを見て、「一番になった理由は自社ビルを所有しているからだ」と言った人がいるとする。確かに業界で一番手の企業は自社ビルを所有しているだろうが、それは一番手と他社とを区別する要因にはならないわけだ。何を当たり前のことを言うかと思うかもしれないが、筆者はそういった当たり前の部分に立ち返って公正な論証を試みているのである。それで最後には「本書における企業分析は、戦略の差を企業間の差との相関関係を示しているのであって因果関係を示しているわけではない」と締め括られるのである。これにはまいったという他ない。確かに筆者の言う通りだが、ここまで論証に謙虚な書籍は稀少である。
そして第二巻であるが、これは第一巻の読者からの「ビジョナリーカンパニーが偉大なのはわかったが、如何にしてビジョナリーカンパニーを作れるのか?」という意見に対する答えである。この第二巻ではビジョナリーカンパニーになりつつある企業について考察がなされている。考察の候補となる企業は大量のデータをスクリーニングすることで選定されており、これまた結論ありきという考証に陥る罠を上手く避けている(ように思える)。
第二巻で挙げられた企業の共通点としては「社運を懸けた目標に挑んで勝ち残った経験がある」ことを筆者は挙げている。因みに書中では社運を懸けた目標はBHAG(ビーハグ)と呼ばれている。勿論のことBHAGを掲げる企業の中には滅びてしまった企業も多いと思われるが、筆者自身がその点を指摘している。論証に謙虚なのは相変わらずだ。

ビジョナリーカンパニーの書籍紹介の挿話を踏まえ、世間一般に溢れる「日本企業がアップルに勝てない理由」という記事に欠けている検証が何であるかの指摘が出来る。

  1. アップルの特徴を挙げてそれがアップル社の強みだと主張するが、それが他社にない特徴であってアップル社の強さの源泉であるかについて十分な検証が無い。
  2. アップルが偉大であるという結論ありきで論旨を展開しているために、公正な検証が出来ていない。
  3. アップルが次々に独創的な商品でヒットを飛ばしているが、新しいことに挑み続けて滅んでしまった会社は無数にあるのであれば、独創的な商品を作ることがアップルの繁栄をもたらした要因ではないことになる。この点において十分な検証が無い。

「日本企業がアップルに勝てない理由」という記事の大半は上記のように十分な検証がなされておらず「日本企業がアップルに勝つための戦略」には繋がらないのである。普通の論理思考能力があればここでの指摘は容易に気がつくはずである。だがそもそも「日本企業がアップルに勝つための戦略」という記事がなぜ出てこないかというと、「日本企業がアップルに勝つための戦略」をハナから考える気がないのである。「日本企業がアップルに勝てない理由」という記事は、シャープなりソニーなりがアップルをボコボコにする構図を想定するものではなく単にアップル愛を屈折した形で表現しているに過ぎないのである。日本企業を貶さずに素直にアップルが好きだって言えばいいのに。


今回の記事に対して「この人はスティージョブズのことを全く理解していない」とか「結局は本記事中でもアップルに勝つための戦略は議論されていない」という反論を抱いた方がいれば、それは正当な意見である。更には本記事によりアップル製品の愛好者やアップル好きのブロガーの気分を害することは本意では無い。「日本企業がアップルに勝つための戦略」という観点での議論がなされる為のきっかけとして微力ながら作用できることを望む。