直立歩行―進化への鍵

直立歩行―進化への鍵

直立歩行―進化への鍵

どのようにして原始的な類人猿は直立歩行の進化の道に入ることが出来たのか。食料を求めて森の中を動き回るうちに少しずつ長距離を移動できるように進化していった結果が二足歩行ではないかと著者は主張する。何とも味気のない説だが、極めて説得力の強い説とも言える。
これについては、著者は本書の中で「学説が世に受け入れられるのに必要なものはマーケティングである」とも主張しているのである。考古学の世界ではストーリーとして魅力的な説がより多く世に広まる傾向がある。例えば水生類人猿説http://ja.wikipedia.org/wiki/水生類人猿説などはその典型といえる。進化のミッシングリンクを埋めるための奇抜な仮説は一見面白く強い印象を与えるものだが、その「奇抜な仮説」が成立することは現実的に極めて無理があるのである。
それらを踏まえてよくよく考えると、やはり冒頭に述べた地味で、ある意味退屈な理屈が説得力を帯びてくるのである。

直立歩行は、人類が長距離移動をするにあたって抜本的な身体的構造の変化をもたらしたわけだが、その中でも最も大きなものは「呼吸と歩行リズムの切り離し」であると著者は主張する。四足歩行の猿(monkey)の身体構造であれば一日に数キロメートルの移動が限界だったところが、類人猿(ape)の身体構造から更に進んだ直立歩行により「呼吸と歩行リズムの切り離し」を獲得し数十キロメートルの移動が可能となったのである。
付記しておくと、猿と類人猿の身体構造の大きな違いは肋骨と肩甲骨の位置関係である。即ち、猿は肋骨が身体の側面に位置しているのだが、類人猿は背面に位置している。類人猿の構造は腕で木の枝をつかんでぶら下がって移動するのに有利なのである。またその結果、地面を四足歩行する際には所謂ナックルウォークとなる。ついでに書いておくと、木の枝と枝を移動するのはテナガザルの得意とする動きであり、テナガザル型の類人猿が進化の過程にあるとの説もあるようだ。
因みに、個人的な見解としては「呼吸と歩行リズムの切り離し」が長距離移動を可能とする最大の要因であったかについては疑問がある。何故ならば、四足歩行の馬は一日に数十〜百キロメートルも移動可能とされており、直立歩行の人間よりも遥かに移動能力に優れた四足歩行の例として挙げられるからである。だがおそらく、直立歩行により長距離移動が可能になったというのは四足歩行の猿に比較しての問題であって猿や類人猿を研究すれば納得のいく結論になるものと予想される。

さて、直立歩行による頸部の構造の変化により人類は言語を獲得しその結果高度な知能が発達し社会性を発展させた、というのは通説とされている。また手が使えるようになったことが知能発達の要因として大きいことも通説とされている。
だが、それ以外にも直立歩行が社会性を発展させる要因となった極めて大きな理由がある。それは、直立歩行型の骨盤に変化したことにより産道が狭くなり、出産が困難になったことである。その結果、群れの中で知識や経験のある個体が出産の補助をするようになった。また、出産後の赤子の世話についても群れで協力をするようになった。すると当然ながらその知識や経験を伝承していかなくてはならない。これも人類が社会性を発展させる大きな要因となったと私は考えている。